PCの中にある差別、ふたたび

昨日のkikori2660さんのコメント*1を受けて、今日はアイヌアイヌネギの話。

アイヌ語で「人間」を意味する言葉がアイヌで(故に「アイヌ人」という表現は誤用)で、神々と共生する価値観を持つ彼等にとって。カムイ(神)と対立並立する存在がアイヌです。
一般に北海道の先住民族と認知されているアイヌですが、今では日本人のルーツ、原日本人の一つとも考えられています。大和朝廷のころの「蝦夷征伐」の対象や、「遠野物語」に登場する「ヤマヒト」もアイヌと捉える向きもあります。

ところが、彼等の民族団体の名前は「北海道ウタリ協会」といいます。これにはちょっと込み入った事情があります(ウタリはアイヌ語で仲間、同朋)。
アイヌの中に「アイヌ」という言葉を敬遠したがる向きがあることが理由とされていますが、それは、心ない日本人によって形成された認識なのです。

一つに、「アイヌ勘定*2」といった言葉に見られるように、接頭辞的に蔑称として使われてきた歴史のあること。
そして、アイヌを蔑視する日本人が「あ、犬!」という屈辱的な言葉を使ったこと*3
このような経緯などから、アイヌという言葉を、彼等自身が忌避していくことになりました。

そして、大きく時代が下がった今、明治政府による北海道侵略や、アイヌ民族圧迫の歴史にフタをしてしまうご都合主義の成果として、「なんだかわからないけど使わない方がいいんじゃないか」という表面的なPCや、鵜の目鷹の目の言葉狩り的な風潮こそが、あたかも「アイヌ」という言葉自体が差別的ニュアンスを持っているかのような、誤った認識を形成していくようになりました。
これは、狂信的な言葉狩りが、かえって差別を助長し、新しい差別を生んでしまいかねないという一つの実例だと思います。

もちろん、アイヌ差別という問題は、それ自体として存在します。
例えば、北海道の日高地方では、中学校の学級担任が率先してアイヌの生徒を差別していた実例がありました(1986年のケース)。
そういった心ない行為を指弾糾弾することが必要なのは当然として、日本人全体が、自分たちがアイヌから北海道を略奪したという歴史事実を、激しく認識する必要があるでしょう。

そして、「アイヌネギ」です(北海道での通称。「行者ニンニク」というのは和名、アイヌ語では「キトピロ」「プクサ」)。
kikori2660さんは「アイヌネギというのも初耳」とコメントされていましたが、北海道も広いので、あるいはアイヌネギが自生していない地域もあるのかもしれません。私が住んでいた道央道南では普通に生えている山菜でした。

江戸末期から、組織的に蝦夷地(北海道)にやってくるようになった日本人は、風土が厳しく、耕作に適さない土地が多かった北辺の地では無力でした。そういった日本人たちが、「探検」や居留生活で、アイヌに狩猟採集生活を教わる場面は多々ありました。
その中で「アイヌの食べるネギのような野菜だからアイヌネギ」という表現ができていったのではないか? と考えるのはナイーブすぎるでしょうか。

ところが、アイヌネギをPC的に追い出したがる人の中には、こんな根拠を持ち出す人がいます。
『「アイヌのように臭いからアイヌネギ」と言っている人たちがいる』
はっきりいって、差別しようとする人はどんな理屈でも持ち出します。「アイヌは数も数えられない(脚注参照)」といった暴論を持ち出してきても平気なように、です。
しかし、春になったら先を争って取りに行く山菜を、誰もがそんな「蔑称」で呼びたがっているというのは不自然です。アイヌネギという呼称が北海道全域で一般的に使われていること自体が、アイヌに対するリスペクトこそあれ、差別の含意がないことの証明でしょう。
むしろ、アイヌネギということばをPC的に追い出そうとすること自体が、消極的に差別を助長しているという逆転の構造になってはいないでしょうか。
差別主義者の言葉を追いかけ、その価値観を追認するのであれば、PCという行為自体が差別に変質してしまうだけです。

どこからどういった指摘があったのかはわかりませんけれど、アイヌネギという言葉を(おそらくは指弾により)引き下げた松尾ジンギスカン*4は、結果的に差別を助長するという大変残念な対応をしたと思います。

和名を重視して「行者ニンニク」、アイヌ語を尊重して「キトピロ」。そういう価値観だというのなら、まだわかります。
でも、子供の頃から親しんだ「アイヌネギ」を、思い出も郷愁もリスペクトも全部ひっくるめて使いたいと思うのは自然な感情でしょう。
返す刀が差別になるようなPCを振り回すのは、誰が誰の為にすることなのか、全く理解できません。

ネットで買えるアイヌネギを探してみました。

↓時期的に生食用は売り切ればかりのようだけど、
北海道特産・行者にんにく約50g×5束(アイヌネギ・キトピロ)【GW】送料無料

↓冷凍物はかろうじて残ってるみたいです。
行者ニンニク3個以上で送料無料


※以上の画像はクリックでリンク先へ

*1:http://d.hatena.ne.jp/kakeru3307/20040510#c

*2:アイヌと交易をしていた日本人が、これだけの漆器を鮭20匹と交換しよう、と持ちかけたとします。交渉が成立すると、日本人は「始め、一、二、三……と数え始め、10、真ん中、11、12……19、20、お終い」と数えたといいます。
つまり、「始め……真ん中……お終い」と、相場よりも三匹多い鮭をせしめたことになります。
こういった実例をして、心ない日本人は「アイヌは数も数えられない」と嘲笑しました。しかし実際は、アイヌは「シャモ(和人=日本人)は変わった数の数え方をすると思っていた」ということのようです(北海道ウタリ協会のスタッフによる)

*3:おそらくは1980年ころ、秋玲二が1939年から現在まで毎日小学生新聞毎日新聞社)で連載している「勉強まんが」で、この表現が使われて大きな問題になったことがある

*4:http://d.hatena.ne.jp/kakeru3307/20040510