朝から救急車

朝からとんでもないことが起こってしまった。

まだまだ起きなくてもいい時間帯ではあるけれど、牛乳屋さんや新聞屋さんはもう仕事を終えたくらいの早朝のこと。近所中に響き渡るようなドンドンいう音と、叫ぶような声が聞こえる。
我が家の周りは庭のある家の多いことや、すぐ隣にタウンハウスがあったりするので音が結構巻いてしまうので、窓の外から聞こえるその音と声の方向がよくわからない。だいたい、寝起きでボーッとした頭と、最近どうもドライアイぎみで起き抜けの目薬が欠かせないような状態だから、五感がほとんど起きていない。

その上、眼鏡が無い!

いつも置いてある場所にも、つい起きっぱなしにしてしまう場所にも、とにかくどこにも眼鏡が見あたらない。
なにしろ僕は目が悪い。悪い方の目は、例の「盲目」の教祖の見える方の目より視力が無いんだから、眼鏡がなかったら何もできない。つまり、起き抜けのボーッとした頭で、やっさんのネタの「メガネメガネ……」な状態になっていたのだ。

そうこうしているうちにも、その音と声は止むことがなく続いている。

眼鏡はあきらめて、サングラスを探す。外出時にしているものなので、こっちは鞄の中にあった。
次は電話、それからマグライトを探す。何しろ我が家の周りは治安が悪い(拙日記「いまそこにある危機」)。通報用の電話と、護身用にも威嚇用にもなるマグライトは、結局の所セキュリティ的パシフィアー(英語だと「おしゃぶり」って意味だけど)といったところ。靴下も履いて、靴を履いて外に出る(裸足にサンダルは怖い)

そして、件の音と声はそのころには既に止んでいた。

日はすっかり昇ったけど、まだまだ人影のない近所をちょっと覗いて回る。もしかして……と思って、声をかけながら入っていったのは隣の庭。
悪い予感が的中。独居老人のDさんが、雨戸の閉じた軒先に、足を投げ出して座っていた。悄然とした様子。目は開いているけれど意識があるのか無いのかはわからない。
話しかけながら近づいていくけれど、無反応。目の前で手をヒラヒラさせてみても、視線は動かない。
まさか、とは思ったけど脈をみようと思って手をとろうとしたら、振りほどかれる。でも、それ以外の反応は一切無い。

急いで119に電話。救急車は30分もかからずに来た。

さて、その後……

救急救命士さんの話では「ボケの症状なんですよ」とのことで驚く。
どうも救急隊の人たちとのやりとりをしているうちに、こっち側にだんだん帰ってきたらしい。

たしかに耳の遠い人ではあったけれど、ボケが進んでいたとは思わなかった。行き会ったときの挨拶とかは普通にしていたわけだし。
でも、そういえば何年か前にパトカーに送られてきたのを見たことがあったのを思い出す。
午後になってやって来た息子さん夫婦の話では、普段は大丈夫なのだけれど、探し物が見つからなかったりすると、気持ちが追いつめられてしまって向こう側に行ってしまったりするらしい。

「メガネメガネ……」状態のときに、自分もかなり煮詰まってしまっていたことを思えば、なんとなく他人事ではないような気もした。
さんまのスーパーからくりTV」の「ご長寿早押しクイズ」。これからは笑って見ることができなくなりそうだ。

救急隊員の人たちが制服のユニフォームの上に羽織っているカバー状の上着は、近くで見ると不織布でできていた。つまりディスポ(ディスポーザブル:使い捨て)ということだ。
それが必要な現場のことをあれこれ思えば、彼等も最前線で働く人なんだなぁ、と感じた。