「夢のチョコレート工場」★4/5

再見。
原作の「チョコレート工場の秘密」は児童文学としては名作中の名作で、子供にとってある種の通過儀礼になっているかも? なんて印象もある有名なものだけれど、映画版は全くといっていいくらい知られてないような気もする。

まず、日本ではウケにくいミュージカル作品だということも大きいし、何よりもまず原作者のロアルド・ダールその人の手による脚本が、これまた相当に底意地が悪い。
でも、イジワルとは言ってもグリム童話のような、あるいはマザーグースのような、といったところでもあり、ヨーロッパ的にはそれはそれとして文法的に正しいのかもしれない。

ただ、現実世界をドラマとして描写するときに、日本のそれのように庶民が豪邸に住んでたり、OLが高級住宅地のデザイナーズハウスに住んでいるようなことをやっても平気な破廉恥さよりも、この映画やあるいは「リトル・ダンサー」や「アバウト・ア・ボーイ」、あるいは「エイプリルの七面鳥」のような容赦無さの方が当たり前に等身大現実モデルだし、だからこそペーソスとなった何かが胸を打つのだと思う。

そして、日本の制作者はどうしても極端から極端に走ってしまう傾向があるのがまた困ったところ。
絵空事を嫌ってリアリズム指向になると、途端に現実を突き抜けすぎちゃって「ぼくんち」や「誰も知らない」みたいなところに行ってしまう。
そういう筆致を全否定はしないけれど、どうにも「やりすぎ」って感じがしてしまう。
フィクションとして語るのであれば、例えば「台風クラブ」や「さびしんぼう」のようなイノセンス……っていうか、一歩間違うと変態性欲になっちゃいそうな妄想大暴走の方が、結果論として観客の心に届くところもあったりして、なんてパラドックスも感じる。

悲惨な生活を描いてもペーソスになるヨーロッパ。いっぺんに四畳半フォークになっちゃう日本。
結局の所、何に貧窮しているのか、ってとこが問題になるんだろう。

変態性欲ベクトル、っていう意味では「あずみ」もそうだし、「死国」や「ぼくらの七日間戦争」もそうなんじゃないだろうか? 

でも、「櫻の園」は変態おじさんが無理してきれいな物語を作ろうとしたところで馬脚が出てしまった。
ファンタジーに変態おじさん(作り手)の顔が見え隠れするのはごくあたりまえのことだけど、おっさんが毛ズネだしたコスプレで観念論を振り回しているような作品は見苦しい。

それがキネマ旬報年間ベストワンになっちゃう、ってことは、キネ旬読者や編集者がそういうベクトルで映画を見てるってことなんじゃないか? っていうのは色眼鏡だろうけど。

チョコレート工場の秘密 (てのり文庫 (566C008))夢のチョコレート工場 [DVD]